
福田里香の“フード理論”で見る「お茶」と「漫画」<前編>
2021年11月02日

by 煎茶堂東京編集部
絵と文字でありとあらゆる世界を表現することができる漫画は、今や世界に誇る日本文化のひとつ。面白くて、楽しい。時には読む人の心を和ませ、救ってくれることだってある漫画。
そんな漫画の中で「お茶」や「お茶を飲む場面」が描かれているとき、そこにはいったい何が表現されているのでしょう。
お菓子研究家であり、漫画読みとしても知られる福田里香さん。福田さんが提唱する「フード理論」をもとに、「お茶」と「漫画」について伺ったお話を、前編・後編に分けてご紹介します。
教えてくれたのは…福田里香(ふくだ・りか)さん
お菓子研究家。武蔵野美術大学卒。『新しいサラダ』(KADOKAWA)、『民芸お菓子』(Discover Japan)など料理・お菓子に関する著書多数。まんがのイメージをお菓子にしたレシピ&フード評論本『まんがキッチン』(アスペクト)の出版をきっかけにまんがの仕事も増える。『ウィークエンドシャッフル』、その後続番組である『アフター6ジャンクション』(TBSラジオ)では「フード理論」が複数回に亘って特集されるほどの人気に。
https://www.instagram.com/riccafukuda/
子どもの頃からずっと物語の「食べ物が出てくるシーン」に強い興味があったのですが、「食べ物」と「物語」の関係性に最初に気づいたのは祖父母に付き合って見ていた『水戸黄門』です。
私が子供の頃は、一代目の東野英治郎が水戸黄門を演じていて「皆何で“黄門様はいい人だ”と無条件に信じれるんだろう」と疑問でした。というのも当時の東野英治郎は脇役専門。落ちぶれ浪人や、悪徳社長、卑近な庶民等を演じてきた演技派名優で、高潔な善人の印象は皆無でした。
なのにミスキャストと言われず、視聴者は簡単に高潔な善人と認めてしまった。演技力もさることながら、食べ物を使った脚本がとても巧みなことに気づいたんです。
『水戸黄門』にありそうなストーリーを考えてみましょう。まず、旅の途中で黄門様が貧しいお百姓さんの家に立ち寄ります。すると、その家の人が精いっぱいのおもてなしとして、粗末なお粥を出す。
助さんと格さんが“ご隠居様になんと粗末なものを!”と言いそうになるのを制して、黄門様はとてもおいしそうに食べます。「助さん、格さん。お前たちも召し上がりなさい」なんて言いながら。それでその家の窮状を聞くわけです。
一方そのころ、悪代官は商人と料亭で密談をしています。お膳には「お頭付きの鯛」などの豪華の料理とお酒があって「ささ、一献」なんて酒を酌み交わすものの、その料理には手をつけない。どんな料理も大切にいただく黄門様と、食べ物を粗末に扱う悪代官と商人、どちらがより悪者に見えるかといったら、当然後者ですよね。
この密談のときに後ろに控えている素浪人は、酒を勧められても「いや、拙者は結構」と言って何も腹に入れない。腹の底が見えないから、悪人なのか善人なのか、正体が掴めません。極悪人かもしれないし、実は隠密で、黄門様の味方かもしれない。
そして全てが解決すると、峠の茶屋でうっかり八兵衛が団子を喉に詰まらせて、「むぐぐ、ご隠居様たち、待ってくだせえ……!」とやって終わる。食という切り口で見ると、善人、悪人、正体不明、食べ物でギャグをする憎めない人、というようにキャラクターを見事に表現できているんです。
食べ物って、誰にとっても関係のあるものです。だからその描き方ひとつで、その人がどんな性格なのか、この人たちはどんな関係なのかを、ものすごくさりげなく、でもリアリティをもって示すことができる。
「食べ物が出てくるシーン=フード描写」は、一見ただ登場人物に食べさせているように、何げないように見えて、実はキャラクターを下支えするとても有効な演出になり得るんです。
フード理論って何?
漫画や映画、小説などに登場する食の場面を分析し、そこに込められたキャラクターの性格や関係性、背景などを読み解いていく試み。「仲間は同じ釜の飯を食う」「正体不明者は(腹の底を見せないために)フードを食べない」など、言われてみれば「確かに!」と膝を叩くものばかり。フード理論を身につければ、物語の味わい方がぐっと深まるはず。ちなみに、フード理論はあの完結したばかりの大人気漫画『進撃の巨人』の設定にも影響を与えている。
宮崎駿監督作品はよくフードが印象的だと言われますね。例えば『天空の城ラピュタ』では、パズーが親方に肉団子入りのスープを買っていきますが、あれは親方が奥さんと、子供と一緒に食べる分。
パズーはあのスープを食べられていないんです。パズーは、親方にはよくしてもらっているかもしれないけど、決して子ども扱いされていない。労働者として厳しい生活を送っているということがあの中にしっかり描かれているんです。
シータに渡すパンと目玉焼きも、すごく貴重な食糧を分け与えている。相手を大事にする優しさの表れでもあります。
日常生活で「あの映画のあの食べ物、おいしそうだよね!」と楽しい話題をしているときに、こんなことを言い出したら確実に「空気の読めない女」認定されるわけで(笑)、ラジオでこの「フード理論」の話をしたとき、ものすごく反響をいただいたのは、奇跡のようだと思いました。
そういうわけで、漫画もフード描写にどうしても注目してしまいます。私が考える「フードまんが」とは、例えば『美味しんぼ』みたいに、フードでバトルをするものではありません。「ごく普通の場面に食べ物が出てきて、そこに託された思いと、描写のセンスがいいもの」だと思っています。
もちろん『美味しんぼ』はめっちゃくちゃ面白い傑作です。でも、コマの端に描かれているフードが、さりげないようでいてきちんと語り掛けてくる。そんな作品が、好きにならずにはいられないんです。
後編を読む
このインタビューは「TOKYO TEA JOURNAL」VOL.30に収録されています。
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