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福田里香の“フード理論”で見る「お茶」と「漫画」<後編>

2021年11月02日

by 煎茶堂東京編集部

絵と文字でありとあらゆる世界を表現することができる漫画は、今や世界に誇る日本文化のひとつ。面白くて、楽しい。時には読む人の心を和ませ、救ってくれることだってある漫画。

そんな漫画の中で「お茶」や「お茶を飲む場面」が描かれているとき、そこにはいったい何が表現されているのでしょう。

お菓子研究家であり、漫画読みとしても知られる福田里香さん。福田さんが提唱する「フード理論」をもとに、「お茶」と「漫画」について伺ったお話を、前編・後編に分けてご紹介します。

教えてくれたのは…福田里香(ふくだ・りか)さん
お菓子研究家。武蔵野美術大学卒。『新しいサラダ』(KADOKAWA)、『民芸お菓子』(Discover Japan)など料理・お菓子に関する著書多数。まんがのイメージをお菓子にしたレシピ&フード評論本『まんがキッチン』(アスペクト)の出版をきっかけにまんがの仕事も増える。『ウィークエンドシャッフル』、その後続番組である『アフター6ジャンクション』(TBSラジオ)では「フード理論」が複数回に亘って特集されるほどの人気に。
https://www.instagram.com/riccafukuda/


前編はこちら

お茶といえば、特に少女漫画にはよく登場しますよね。緑茶には限らないけれど、ちょっと話を整理しましょう、ちょっと落ち着きましょう、というときには必ずお茶を飲みます。それは「ひと休み」「閑話休題」の合図でもあるし、お茶を飲まなければいけないほど動揺しているという表現の場合もあります。

お茶に関する名言といえば、大島弓子先生の「お茶を飲むのに牙はいらない」(『大島弓子選集・第8巻 四月怪談』所収)ですね。これは漫画本編ではなくあとがきに書かれた言葉なのですが、お茶という存在を的確に言い表した言葉だと思います。

お茶は嗜好品だし、覚醒作用もあるもの。でも和みや親しみの象徴でもあり、「お茶を飲むときぐらいは牙をおさめてゆっくりくつろごうよ」と。日本では特に、お茶は癒しや平和な雰囲気の記号になっているようにも感じます。

近年の作品でこれは「お茶漫画だ」といえるのはやはり『メタモルフォーゼの縁側』ですね。そもそも、5巻あるうちの3巻分のカバーにお茶が描かれていますし。

友だちのいない、うららという女の子と、歳をとって連れ合いを亡くし一人暮らしになった雪さんという女性が、BL漫画を通して友だちになるお話で、二人の間にはいつもお茶があります。喫茶店に行ったり、家に遊びに行ったらお茶を出してもらったり。

少しずつ二人の関係は近くなっていって、ついに3巻になると、雪さんがうららにお茶の淹れ方を教えるんです。ここのお茶の描かれ方は本当に見事だと思います。

3巻のP.35〜36の2ページに渡って描かれているのですが、普通、いちばん下のコマっていうのは、次のページをめくらせるための仕掛けにするのが定番なんです。

「えっ!?次はどうなるの!?」と思わせるための。そこを「急須でなくて一旦湯吞に」「えっ!」「熱湯でない方がいいの」で終わらせています。次のページを開くと、ものすごく平和な、お茶を飲んでいる場面へと切り替わる。人を和ませるお茶の真実みたいなものが顕現している、ものすごく尊いシーンだなと思いました。

『メタモルフォーゼの縁側』
著:鶴谷香央理 発行:株式会社KADOKAWA 電子書籍あり
2年前に夫を亡くした75歳の市野井雪さん。立ち寄った書店で何げなく購入したコミックスは、少年たちの恋を描いたBL。優しくて少し不器用な17歳の高校生・佐山うららと物語について語り合うとき、二人の間には必ずお茶が。

日本では、「お茶」は言葉の中にもすごくたくさん登場しますね。「お茶の子さいさい」「へそで茶を沸かす」「茶番劇」などなど……。英語にも「Tea Break」という言葉はありますが、日本語における言葉の意味の多様さから、「お茶がないと日常が回らない」日本の生活のありようがうかがえます。

そしてお茶が「日常」をあらわす言葉の最たるものは「お茶の間」ではないでしょうか。「お茶」の「間」に、一家団欒、つまり家族がくつろぐ場があるわけです。

『バタ足金魚』や『ドラゴンヘッド』などで知られる望月峯太郎先生に『お茶の間』という漫画がありますが、これは全巻を通して、いかに彼女と理想の「お茶の間」を築くかに奔走するというラブコメディ。主人公の薫にとって、幸せな家族=お茶の間なんです。お茶が家族の絆までをも象徴するというのは、日本独特の文化なのかもと思います。

『お茶の間』
著:望月峯太郎 発行:講談社 電子書籍あり
ハイテンション水泳ラブコメ『バタ足金魚』の続編。マイペースかつ思い込みの激しい変人・花井薫は、宇宙一愛している苑子との理想の「お茶の間」を作るため、水泳選手を辞めて社会人となって奔走する!

お茶の間が印象的な漫画というと、羽海野チカ先生の『3月のライオン』も外せません。主人公と深く関わる三姉妹の家が和菓子屋なので、お茶はよく登場しますが、この漫画におけるお茶も、まさに閑話休題のシーンの象徴です。

将棋の緊迫した試合、人間同士の軋轢などの重いシーンに、お茶や、お茶の間のシーンが挟み込まれることで物語に緩急をつけている。羽海野先生はギャグがとても素晴らしくて、その中にお茶が活きている。この漫画を読んだあとはお茶を飲みたくなるし、お茶を淹れたくなります。

『3月のライオン』
著:羽海野チカ 発行:白泉社 電子書籍あり
17歳のプロ棋士・桐山零と、周囲の人々の交流を描いた物語。三姉妹とのお茶の間の風景は、孤独な零にとって灯りそのもの。しかし彼女たちも心に傷を抱えているからこそ、お茶の間の明るさを必死で守り続けてきたのかもしれない。

お茶ってやはり嗜好品で、それがなかったら死ぬかというとそうでもない。「お茶の代わりに水を飲めばいいじゃない」と言われたら否定はできない。

でもやはり、好きな人にとっては、漫画の読めない人生なんて、小説の読めない人生なんて、スポーツ観戦できない人生なんて、それって生きているといえるの?というほど大事なものでもあるはず。

万が一、禁酒法時代みたいにお茶が禁止になったら、実は暴動が起きるんじゃないかな。そういう意味では、お茶も漫画や映画や音楽と同じ、エンターテインメントのひとつです。

これだけ多くの人たちに求められた深い歴史があって、今もこれほど手軽に誰もが飲むことができて。そう考えると、お茶のある生活ってすごく幸せなものなのかもしれないと思えてきます。

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このインタビューは「TOKYO TEA JOURNAL」VOL.30に収録されています。

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