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抹茶ってどんなお茶?日本文化を色濃く表す抹茶の世界

2020年11月18日

by 煎茶堂東京編集部

茶道やお菓子などでもおなじみの抹茶。日本茶の中では、煎茶と並んで目にする機会の多いお茶かもしれません。しかし、抹茶がどんなお茶なのか理解している人は少ないのではないでしょうか。

そこで今回は、抹茶の特徴や歴史などについて詳しく解説。日本独自の文化として根付いている、抹茶の魅力をご紹介しましょう。

抹茶の原料になる碾茶

抹茶と言えば粉末状の茶葉をお湯で溶いて飲んだり、粉のまま料理のアクセントとして使ったりするのが一般的です。もちろん最初から粉末状なわけではなく、元は煎茶や紅茶などと同じ茶葉の形をしています。

抹茶は、碾茶(てんちゃ)と呼ばれる茶葉を石臼で挽いて細かな粉末状にしたもの。このあとご紹介しますが、碾茶は通常の煎茶とは栽培法や製造工程が異なっています。成分的にはアミノ酸の含有量が多く、深くてコクのある旨味や甘味が特徴です。

茶葉は酸化や吸湿によって品質が大きく低下してしまうのですが、粉末状にすると空気に触れる面積が増えるため、茶葉以上に保管が効かなくなってしまいます。品質を保つには碾茶の状態で保管しておき、できる限り販売直前に抹茶へ加工するのがいいとされているのです。

碾茶と煎茶の違いとは?

抹茶の原料となる碾茶は、煎茶と栽培法や製造法が異なるというお話をしました。具体的には、大きく2つの違いが見られます。

1つ目は、摘採前の一定期間寒冷紗(かんれいしゃ)と呼ばれる布などで茶園を覆う、被覆栽培が行われること。玉露やかぶせ茶でも見られる方法ですが、碾茶は被覆する期間が長めです。地域によって異なりますが、玉露より5日程度被覆期間を長くした茶葉が好ましいとされます。

日光を遮ることで、茶葉内にある旨味成分のテアニン(アミノ酸の一種)が苦渋味成分であるカテキンに変化するのを防止。少ない日光でも効率的に光合成ができるよう茶葉内の葉緑素が増えるので、緑の濃い茶葉になります。また、茶葉が薄く繊維も少なめで柔らかいのもポイント。

旨味や甘味が強く、緑色が濃くて柔らかい碾茶の茶葉は、石臼で挽くことにより良質な抹茶になります。


2つ目は、茶葉を揉む工程がないこと。煎茶の場合、高温で蒸した茶葉を乾燥しながら揉んで針状に形を整えていきます。茶葉を揉んで組織を壊すことにより、お茶を淹れる時に成分が抽出しやすくしているのです。

一方、碾茶は抹茶に加工するので、成分を抽出しやすくする必要がありません。むしろ揉まない方が、粉末状になりにくい茎や葉脈を区別しやすいというメリットがあります。このため、荒茶(あらちゃ:仕上げ加工を行う前のお茶の一次加工品)の状態では、葉っぱの形を残しているのです。

碾茶の荒茶製造においては、碾茶炉(上の画像)と呼ばれるレンガ積みの炉で遠赤外線による乾燥が行われる点も特徴的。150℃以上の高温で急速に乾燥する荒乾燥、100℃前後で少し時間をかけて行う本乾燥という二段階で十分に乾燥します。

仕上げ段階では、石臼で挽きやすいように約5mm程度のフレーク状に切断。碾茶フレークを、石臼で約1〜20μmという非常にきめ細やかな粒子に粉砕することで抹茶が完成します。

栄養を丸ごと摂れる抹茶

お茶には栄養成分がたっぷり含まれていますが、一点大きな問題があります。それが、茶葉に含まれる栄養成分の中には、水に溶けない(水不溶性成分)あるいは溶けにくいものがあるということ。淹れたお茶には、こうした水不溶性成分はほとんど含まれません。

代表的な水不溶性成分としては、体内でビタミンAの合成に使われるβカロテンや、強力な抗酸化作用を持つとされるビタミンEなどがあります。いずれも嬉しい健康効果があるとされる成分ですが、飲むお茶にはほとんど溶け出さないのが難点。

ところが、抹茶は碾茶を石臼で挽いたもの。つまり、茶葉そのものであり「抹茶を飲むこと=茶葉ごと食べること」と言えるのです。他のお茶では摂取しにくい水不溶性成分も丸ごと摂取することができるため、健康効果も高いお茶であると考えられますね。



ちなみに煎茶の茶葉も粉末状にすれば、抹茶と同じように水不溶性の栄養成分を余すことなく摂取できます。こちらの「まろやかな国産粉末緑茶」なら、気軽に粉末緑茶を楽しめますよ。

日本独自の文化として定着した抹茶の歴史

今や日本茶の代表格とも言える煎茶ですが、現在のような作り方が発明されたのは江戸時代になってからのこと。江戸時代以前の日本のお茶文化を支えてきたのは抹茶でした。

抹茶を日本に伝えたのは、1191年に宋から帰国した栄西(えいさい・ようさい)と言われています。臨済宗の開祖として知られる栄西は、当時宋の最新文化だった抹茶文化を持って帰ってきたのです。

栄西は、帰国してすぐ長崎平戸に日本初の茶園を開いたと言われ、持ち帰った茶の種を京都栂尾(とがのお)高山寺の明恵上人(みょうえじょうにん)に贈ったとされます。これに由来すると言われるのが宇治茶であり、かつては最も由緒正しきお茶として「本茶」と呼ばれました。

先にご紹介した通り、碾茶の生産には被覆栽培が欠かせません。被覆栽培には茶園をよしずなどで覆う「覆下(おおいした)」の設置が必須でしたが、古くは宇治でしか設置が認められていなかったそう。そのため、今でも宇治抹茶が抹茶の一大ブランドとして全国的に知られていますよね。


戦国時代には千利休によって大成された茶の湯が、織田信長や豊臣秀吉といった権力者に取り入れられました。もちろん茶の湯は抹茶が主役。茶器や茶室といった関連する文化も花開くなど、抹茶の歴史は日本茶の歴史そのものと言っても過言ではありません。

文化的な背景を持った抹茶を点てる

日本の歴史と深く結びついてきた抹茶は、日本文化を語る上でも欠かすことのできないものです。被覆栽培によって生み出される美しい緑は、日本文化の奥ゆかしさや美意識を表していると言えるかもしれません。

茶の湯や茶道の世界は精神世界と深く結びついています。たまには自分で抹茶を点てて、深いところで自分と向き合ってみてはいかがでしょうか。

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