
麻生要一郎「8月は、冷やし中華。」- TOKYO TEA JOURNAL 巻頭エッセイ
2023年08月17日

by 煎茶堂東京編集部
TOKYO TEA JORUNALの巻頭コラムを飾る、料理家・麻生要一郎さんのエッセイ。季節を感じながら、毎日のちょっとした幸せを見つけられるような麻生さんのエッセイをお楽しみください。月に一度更新予定。
8月は、冷やし中華。
今は施設に暮らす89歳になる養母が、自宅にいた頃、夏によく冷やし中華を作ってくれた。具は錦糸卵、ハム、きゅうり、トマト、玉ねぎのスライスが定番。彼女がまだしゃんとしていた時、夏の暑い日に食べた最初の冷やし中華は、麺の上に綺麗に具材が盛り付けてあった。美味しいと食べたから、僕の好物と認定された。
ところが年数が経つ毎に、だんだん量が増えていくのだ。認知能力の低下か、二人分なのに、最後の頃には麺が4玉、錦糸卵が7個分とか、とにかくすごい量になっていた。麺だけが入ったお皿に、大量の具をトッピングしていくスタイルに変更された。「ちょっと量が多いよ」とは言えぬ空気がそこにはあり、食べないと機嫌が悪くなるから必死に食べ進めるが、ゴールは見えない。どうにかこうにか、毎回お皿を空にした。
「あなたは美味しいって、たくさん食べてくれるから気持ちが良いわ! 」と、毎回嬉しそうに言っていた。この家には、たくさんの人が出入りしていた賑やかな時代があった。僕を通して、その時代を懐かしんでいるのだと思う。ちょっとした有名人の名を挙げて、あの人も食べたのよと、思い出を話してくれる。せっかくの気分が良い時間を台無しにしてはいけないと、必死に麺をすすりながら、涙がうっすらと僕の頬を伝う。
窓辺にいるチョビが、薄目を開けて呆れた様子でこちらを見ていた。
麻生要一郎
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あそう・よういちろう|1977年1月18日生まれ。茨城県水戸市出身。料理家・随筆家。 家庭的な味わいのお弁当が評判となり口コミで広がる。雑誌への料理・レシピ提供、食や暮らしについての随筆を行う。初の単行本『僕の献立 本日もお疲れ様でした』(光文社刊)を刊行。2022年1月には第2弾『僕のいたわり飯』(光文社刊)も。 |
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Illustration:fancomi
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