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『はつなつみずうみ分光器』瀬戸夏子が導く、現代短歌の海へ漕ぎ出すためのヒント

2022年07月12日

by 煎茶堂東京編集部

季節の移ろいや、心の動きを短い言葉の中に込めた、シンプルだけど奥が深い文学・短歌。

風雅でクラシックな趣味という印象のある短歌ですが、最近の短歌は、どうやらそれだけではないらしい。でも、いったいどこから読めばいいんだろう?

話題の現代短歌のブックガイド『はつなつみずうみ分光器』の著者で、歌人の瀬戸夏子さんに、現代短歌の海へと漕ぎ出すためのヒントについてお話を伺いました。


教えてくれたのは…瀬戸夏子さん
歌集『そのなかに心臓をつくって住みなさい』『かわいい海とかわいくない海 end.』などとともに、評論や小説でも注目される歌人。2021年刊行の『はつなつみずうみ分光器』は、現代短歌を彩る55作の紹介とともに、現代短歌史のキーワードも解説した充実の一冊。


※今回はお茶のレシピとシチュエーションに合わせて、瀬戸夏子さんに、お茶を飲むときや、今の季節に合う短歌をセレクトしていただきました。レシピはこちらから!

“現代短歌とはどんなものですか?”と聞かれても、いろいろありすぎてひと言では答えられませんが、「いま」につながる流れができたのは、第二次世界大戦後だと思います。

日本の社会が大きく変わり、様々な技法が開発されて、今に至る大きな流れができたイメージです。若い人が短歌を詠むという印象がない人も多いかもしれませんが、例えば70年代の学生運動の頃には、当事者が詠んだ歌(❶)が「同時代の歌だ」といって広く読まれるようになるなど、意外と若者文化と短歌はリンクしてきたんです。

❶ ガス弾の匂い残れる黒髪を洗い梳かして君に逢いゆく
──道浦母都子(みちうら・もとこ)『無援の抒情(新装版)』ながらみ書房

また戦後には、五・七・五・七・七というリズムを改革するという動きも盛んでした。このリズムは、日本人にすごくなじむ一方、戦時のスローガンなどに、五七調が使われたりしていて、日本人的な精神論に合いすぎではないかと。

それでリズムを崩す「破調」の表現も増えていきます。ただ崩すだけではなく、だんだんと、“こうやって崩すとこういう印象になる”というのが理論化されていくにつれて、五・七・五・七・七の韻律を選ぶのか、崩すのか、という形式のバリエーションも増えていきました。

そして80〜90年代になると、『サラダ記念日』が大ベストセラーになった俵万智さんや、ニューウェーブ短歌の代表的な歌人である穂村弘さん(❷)が登場して、口語を使うなどのポップな短歌が人気を得たり、記号を使った短歌があったり、実験的な表現もたくさん生まれました。

❷ 花束のばらの茎がアスパラにそっくりでちょっとショックな、まみより
──穂村弘『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』(小学館)

こういった流れの中で蒔かれた種が花開いているというのが、現代の短歌なのかなと思っています。

口語、つまりふだん使っている言葉で短歌を詠むにしても、最近の作品にはすごく自然というか、本当に喋っているみたいなものもありますね(❸)。行を変えてリズムをつくる手法もあるのですが、より「生の言葉」に近く感じられるんじゃないでしょうか(❹)。

❸煙草いりますか、先輩、まだカロリーメイト食って生きてるんすか
──千種創一(ちぐさ・そういち)『砂丘律』(青磁社)
❹まだ寝てる? 運命の人、聞こえてる? 今桜上水だけどなんかいる?
──手塚美楽(てづか・みら)『ロマンチック・ラブ・イデオロギー』(書肆侃侃房)

また、東京ではシティボーイが短歌を詠むと言われていますが(笑)、やはり短歌を詠む、というと“そういう(ちょっと古い)趣味なんですね”なんて言われてしまうことはまだあって。

でもそれをからかったりしないで聞いてくれたといううれしさを、ジンギスカンという言葉で表現した歌(❺)は、歌人本人が北海道に暮らしていることとリズムがうまく重ねあわせられています。

❺ともだちが短歌をばかにしないことうれしくてジン・ジン・ジンギスカン
──北山あさひ『崖にて』(現代短歌社)

『はつなつ〜』のようなブックガイドが必要とされるようになった背景のひとつに、短歌を「読む」人が増えたことが大きいと思います。

ひと昔前だと、歌集を買ったりする人は、ほぼ100%自分でも短歌を詠む「歌人」で、そうなると先生について色々教えてもらうことが多い。何を読めばいいのかも先生に聞くから、ブックガイドは必要なかったんです。

いまは読書の選択肢のひとつとして短歌を楽しむ人が増えたからこそ、何から読めばいいのかという指針が必要とされるのかなと思います。

でも、短歌を読むなら、ぜひ自分でも詠んでみることをおすすめします。簡単そうに見えて、実は難しいことがよく分かるはず(笑)。

私自身、穂村弘さんの『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』を見て感動して作ってみたけど、「なんて難しいんだ」と思って一度挫折しました。詠んでみることで、「あっここがすごいんだ」「こういうテクがあるんだ」と、より短歌の魅力が見えてきますから。

日本語さえできれば始められるからハードルは低いし、続けても続けてもなかなか飽きない。最初の頃の下手な歌も、見返すことでそのころの気持ちがアルバムのように思い出せるし、人生がより豊かなものになる可能性もあります。始めやすくて、ずっと続けていても面白いってすごいことだなと思います。

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