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あんこ道に足を踏み入れたなら。「あんこの本」著者 姜 尚美さんインタビュー

2020年12月15日

by 煎茶堂東京編集部

お茶に合わせるお菓子といえば、で定番のあんこ。今でこそ餡子というと小豆を砂糖で煮詰めたものですが、もともとは餡、つまり米や麦で作った皮の中に入れる詰め物全般のこと。それがいつから小豆で餡をつくる「あんこ」になったのか、正確なところは分かっていないそうです。

「あんこは和菓子の命」といわれるほど重要な存在でありながら、実はあんこのことを、私たちは何も知らないのかもしれません。今回インタビューしたのは、「何度でも食べたい。あんこの本」の著者として知られる、ライターの姜 尚美(かん さんみ)さん。あんこの多彩な姿を愛でつつ、あんこ道の先達にその魅力を伺っていきます。

教えてくれたのは…姜 尚美さん

1974年京都生まれ、在住。『Meets Regional』『Lmagazine』などの雑誌編集部を経て、2007年よりフリーに。著書に『何度でも食べたい。 あんこの本』(文春文庫)、『京都の中華』(幻冬舎文庫)などがある。

はじめに。魅惑のあんこ道への第一歩「何度でも食べたい。あんこの本」とは

この「あんこの本」は、元々あんこが苦手だった姜さんが、取材をきっかけにあんこに“開眼”し、京都・大阪のお店を中心にあんこを知る旅を記録した一冊です。

ひとつひとつのお店のこだわりはもちろんのこと、様々なあんこのテクスチャーや、姜さんがあんこの新鮮な発見をしたお店が紹介されています。巻末では、あんこの“豆”知識をまとめた”あんこの栞”も収録されており、本編はもちろん、最後までなんとも濃厚な内容がぎっしり。煎茶堂東京スタッフの中でも、この本に掲載されている「冷やし知故(しるこ)」の写真と文章にやられて、兵庫から取り寄せをした者もいるとか…!

それにしても、なぜあんこが苦手だった姜さんが、あんこを紹介する本を出版するまでに至ったのか。姜さんが発見したあんこの魅力を、まずは紐解いていきます。

もともとあんこが“苦手”だった

「あんこの本」にも書いた通り、私は25歳まであんこが苦手でした。甘くて、くどくて、お茶がないと飲み下せない。どこまで食べても小豆と砂糖の味で、面白くないとすら思っていました。

でも、取材で出会った「松壽軒」の上生菓子であんこに開眼したんです。粒子のひとつひとつに砂糖の旨みがしみ込んで、何ともみずみずしい。「こんなにおいしいものをなぜ食べ逃してきたのか」という後悔の念とともに、私のあんこを知る旅がそこから始まりました。

ある雑誌にあんこ特集を提案しようと思い立ち、私自身が気になっていたことや疑問を企画書にまとめるために調べてみたんです。すると、あんこに関しては“歴史的な面はほとんど分かっていない”ということが分かりました。

起源は分からないし、いつ誰が甘くしたのか、なぜこしあんが生まれたのかも分からない……。もちろん通説とされているものはありますが、はっきりとはしていないんです。あんこは誰でも知っている身近なものなのに、こんなに知らないことがたくさんある。それに気づいたことが、あんこをもっと知りたい、伝えたいと思ったひとつの理由ですね。残念ながらその企画はボツになったのですが、それが2010年に『あんこの本』を出版する元になりました。

あんこ=自分の味覚のプリミティブな部分?

あんこといえば、そのお店の「肝」の部分。職人さんは生活すべて、人生すべてをかけて炊いています。だからこそ取材には苦労するかなと思ったら、「よくぞ聞いてくれました!」という感じでぶわーっと門外不出の技を教えてくれるんです。

生粋のあんこ好きの方に聞くと“昔はあんこを食べればどこの店のものか分かる人がたくさんいた”と言いますが、やはり今でも身近な存在だからこそ、伝統として受け継いできた技や、職人の思いが詰まったあんこの「良さ」に気づく人が減ってきたと感じるところが、職人さんにもあるのかもしれません。

最初の取材で、“これからたくさんのあんこを食べはると思うけど、自分の口に合わへんからといって、その店のあんこがあかんというわけではないよ”と言われたんです。職人さんは、その店の味が好きで通ってくれる人の口に合わせて作っているのだから、自分の好き嫌いで良しあしを決めたらあかんと。

あんこって、どの店のものもほぼ小豆と水と砂糖でできていますよね。その中で、いかに自分がおいしいと感じる境地に達するかという世界です。そして食べる側にとって「これ、おいしい!」と感じるあんこというのは、自分の味覚のプリミティブな、核心の部分を刺激する存在なのではないかと思ったんです。「好きなあんこ=その人」というぐらいの奥深い食べ物なのではないかと。

あんこにはグラデーションがある

ところでよく「つぶあん」派か「こしあん」派か、ということを聞かれるのですが、これは二極化できないと思うんですね。その間にもグラデーションがあって、みずみずしかったり、粉感が強かったり、なめらかだったり、香りが強かったり、皮の野性味を感じられたり。自分の好みの味のマトリクスが細かく見えてくると、より食べ比べるのが面白くなってくると思いますね。

「ホームあんこ」を知るべし!

これからあんこ道に足を踏み入れる人におすすめしたいのが、近所にあるごく普通の、ご夫婦でやられているような和菓子屋さんに通うこと。全国においしい和菓子屋さんがありますが、できたてが食べられるのは、近所に住むものの特権ですから。

それで少なくとも1年は食べ続けてみてほしいんです。和菓子屋さんは一年中安定したあんこを作ろうとされますが、小豆もやはり農作物ですから季節ごとの微妙な違いがあります。秋は新豆を使っているから香り高いとか、夏になると灼けるので色が少し黒くなるとか。

お菓子の種類も四季に合わせて変わると思うので、それを食べ続けて自分の「ホームあんこ」を知ること。自分の中の基本が見つかれば、別の土地のあんこを食べた時の違いに気づくことができると思います。

まだまだ続く「しるこロード」

私自身のあんこの旅は、いま東アジアの他の国へ広がっています。韓国ではあまり小豆を甘くしないとか、ベトナムでは緑豆のあんこが主流だとか、やはりあんこを知ると、その国のこと、その人のことが好きになれる気がしています。私の座右の銘は「あんこ好きに悪人はいない」ですから。

どうやらインドにもあんこらしきものがあると聞いたので、これは行かねばならないぞと。“どこまで行かなあかんのやろ”とは思いつつも、シルクロードならぬ私の「しるこロード」は、この先もまだまだ続いていきそうです。

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