千代次さんの畑へ。初めて訪れる宇治の二尾が、なぜか懐かしく感じる。

<後日談>
この取材をしたあと、ひと月ほどしてお名前の校正確認のために千代次さんのお家へ電話をしたら、フジ尾ばあが出てくれた。「あ、東京から来てくれはった方?」とすぐに分かると同時に「話とったんや、まだ写真送ってけえへんて」。すみません、まだ写真に現像してなかったです・・・笑。GW前のタイミングだったので、「こっから田植えして、茶して」とお忙しそうだったが、相変わらずお元気な声が聞けて嬉しくなった。

 

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 TOKYO TEA JOURNAL VOL.1 収録

玄関口では千代次さんの奥さん「フジ尾」さんも一緒に出迎えてくれた。とても朗らかなお二人との時間をそのままお伝えしたくて藤田さんではなく、千代次さん、フジ尾ばあとお名前を表記させていただいた。

フジ尾ばあ「よう来てくれはった。コーヒーコーヒーばっかしでこの世の中はなんやろね。お茶みたいなのもう辞めようかしらんって言うてはるところもあんのにな。これ、上手に入れてへんやけど、お茶。飲んでみて下さい。お茶入れ方が全然上手いこといかへん」

青栁&谷本「ありがとうございます」

フジ尾ばあ「どんなあんばいかしらな。苦い?渋い?」

青栁「旨い!」

フジ尾ばあ「渋いかな?」

谷本「いやいや全然。旨味が。すごい!これはごこうですか?」

千代次さん「ごこうですよ。ごこうでも土地によって違うんね」 谷本「香りもいいですね」

フジ尾ばあ「(息子が勤めている宇治の)消防が来はりますやん。そしたら旨い茶や旨い茶や言うてな。褒められたらちょっと持っていけちゅうわ。それと孫が野球で大阪桐蔭行っとんのや。寮におって、美味しいお茶が飲みたいって電話してくんねん。可愛そうに。それが正月帰ってきた。おじいちゃんのお茶、お米が美味しいて、帰ってものすごい言うよんねん」

みんなに飲ませたったら 旨い旨い言うてみな 持ってってしもうた。

千代次さん「やっぱり香気が違うんでね。なんとも言えん香りやね。昔はこの向こうに池尾(いけのお)っていうとこがあって。ここは二尾(にお)ですけどね。そこには喜撰法師(きせんほうし)さんのゆかりがあって、そのお茶をもって栄えた。そこはもうだーっと両側茶園でしたわ。うちらの茶も池尾に持って行ってそっから出荷してはったやね。昔は茶壷いうて壺で運んだ。そこにも1つ置いてます。ここは醍醐寺の配下やけんね。山間部やけ、昔は年貢が払えんで、ちょっと待ってくれとか言ってたような、貧しい村やったらしいで。猪とかなんかが来て田んぼ荒らしたり。でもお茶はどこでもちょっとしたとこで作ってはりましたわ。わしら茶揉んでても道通ってはる人が匂いが違うって言うてん。ええお茶の匂いがしてるなって言うてはるわ。わしらは、んな全然、分からん。当たり前のような風景と匂いで」

フジ尾ばあ「池尾いうとこも、もう昔から名通ってきはったお茶やけど、もう人が高齢になってしもうて。山で便利の悪いとこさけみな出てしまいますねん。空き家になってしもうて。みなもうやめはった。この1軒だけですねん」

谷本「そうなんですか」

フジ尾ばあ「2年にいっぺんは、宇治市の市長さんやら農協のお偉いさんやら来はんねん。もうここらで茶を機械でやってんのもうちだけですねん」

青栁「それでもやり続けられてるっていうのは?」

フジ尾ばあ「このじいさんはなお茶が好きやさけ。お茶の時期になったらもう忙しい!ほんまに。田んぼもしますへんで。勤め持ってな。百姓やって。勤め持って田から茶からそりゃもう寝てる間あらへんよった。この家もお父さんが建てはりましてん。すごいねんこの人。真面目なやしな。もう年が年やさけね。80超えましたわ」

千代次さん「わしがいまのお茶、品種のごこうとか作ったのは、もともと雑種が植わってて、雑種やけん葉が大きい小さいあって、揉みあげたかて綺麗に見えへんね。なんぼこうやったかて、綺麗に見えへんねん。大きい葉や小さい葉があったけぇ、問屋に持っていったかて、『こんな茶』っち言われて。こんなやあかんと思って、思い切った...

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