拝啓  利休さん

今年も八十八夜を迎え、新緑の季節となりました。私たちの店、三軒茶屋の東京茶寮、銀座の煎茶堂東京を創業してから、約2年の月日が経ちます。いまここに「TOKYO TEA JOURNAL」が創刊し、最初の100名の購読者の方々に手にとっていただきました。全く新しいサービスにも関わらず、お茶のイノベーターといえる100名もの方々からのご支持をいただいたことは、今後のお茶史から振り返れば大事な転換点となるかもしれません。抹茶が「Matcha」として日本が誇る文化となったいま、私たちは煎茶を「Sencha」として文化と捉え、現代の価値観にアップデートしようと考えています。

 

そのために、私たちが行うのは「良いお茶を良いと思える人にお届けする」ことです。創業した事業家でありデザイナーである私たち2人は、全く新たにお茶の世界へ足を踏み入れました。デザイン、テクノロジー、コーヒービジネスといった他業界で培った知恵を、日本茶に余すことなく注入し、日本茶を通じた新しいライフスタイルを世界に向けて提供するために、世界初のハンドドリップで淹れる日本茶の専門店や、シングルオリジン煎茶の専門店を構えました。

これまで長い間、多くの方が美味しいお茶との出会いをみすみす逃していました。一般的な流通では「やぶきた」以外の味に出会うほうが困難なのです。お茶の個性(=品種香)は欠点とされ、避けられてきました。国内の生産量では「やぶきた」という品種が4分の3を占め、それ以外は6%以下の生産量でひしめきあっている、多様性の少ない世界。ブレンドも後押しして味が似通ってしまい、価格差の根拠も曖昧になっていました。お客様には、味も価格も「一択」を求める一方で、市場に出回らないものが相当数埋もれています。そうしている間にも、徐々にお茶の耕作放棄地が各地で目立ち始めていることをご存知でしょうか。ペットボトルなどの液体を除いたお茶、つまり茶葉の市場は、2005年から13年間で33%減少しました(出典:伊藤園『決算説明会資料』2018(平成30)年4月期)。

 

いままさに(もう既に)、茶農家の減少とともに美味しいお茶が失われていっています。「品質の悪いお茶から淘汰されているから良いのではないか」と思われる方もいるかもしれませんが、逆なのです。お茶は、新茶の初競りの日から価格が下がっていくような相場で取引されます。しかし、お茶は、気温の寒暖差があり、霧がかかって日光が遮られるなどして、「時間をかけてじっくりと成長する」ことで味・香り成分のつまった葉が収穫できます。したがって、収穫が遅い山の上などの良い産地のお茶から値が付かなくなり、経営が厳しくなるというジレンマがあるのです。さらに、そうした地域は山の斜面に位置していたり、小さい区画のために効率化ができず、人手や手間がかかることから後継者がなく、茶園を手放すことになります。お茶の単価が下がると、量を販売しなくては継続することができません。量を作るためには画一化が必要になります。個性を出しにくいために、消費者のお茶に対する興味や知識が育まれず、長期的に消費が落ち込む。この負のサイクルを断ち切ることができないでしょうか?

 

良いお茶づくりを続けるためには、良いお茶をきちんと評価し、人が良さを伝え、お茶を楽しむ文化を築いていかなければなりません。そのために、日本全国から良いお茶を探し、「収穫の早さ」とは違う力学で評価し、そのルーツを探り、伝え、お客様と繋げていく。少量で見過ごされがちでも、良いお茶を、きちんとした情報とともに伝え、愛でていく日本茶専門店が必要だと思ったのです。良いお茶を誰もが手に取ることができるようにして、「こっちが好き」「こっちと違う」なんて会話が生まれたら、お茶の未来がつくれるのではないでしょうか。よくご存知かと思いますが、同じ地域のお茶はどれも似た味、というわけではありません。栽培する距離が近くても、斜面一つ変われば土壌が違います。「お茶」と一括りにしてしまうのはもったいない。単一農園、単一品種の繊細な味の違いを飲み比べて、日本各地に、そして茶農家一人ひとりに、想いを馳せてみるようなお茶の楽しみ方があったらどんなに良いでしょうか。 美味しいお茶がある暮らし。利休さん、いま改めて、私たちの暮らしの中に「自由と個性」のあるお茶を取り入れてみたいと思います。

2019年 八十八夜

青栁智士・谷本幹人

利休さん

TOKYO TEA JOURNAL VOL.1 デザイナー 創業者 編集部

Newer Post →